小学校卒業式
今日、小学校の卒業式があって、「来賓」として出席してきた。PTAという身内が来賓で、祝辞・・・とは何か変、と思いつつ3年目、自分で挨拶するのは初めてである(おそらく最初で最後になるだろう)。
3年連続で出席しているが、卒業式はこちらも感動する。椅子に座ると足も届かなかった1年生が、6年後にはこんなに立派になって、大人への一歩を踏み出していく・・・いいものである。
それに、今の卒業式は自分が小学生の頃と違い、送辞・答辞(今はこんな古風な呼び方はしないようだが)も卒業生・在校生全員参加で、唱和したり、ソロの部分があったり、歌を交えて、さらに歌で答え・・・まるで映画のラストシーンのような、泣かせる演出をする。感動のあまりもらい泣きをしている来賓もいたほどである。
以下は自分の挨拶文である。個人としての挨拶でなく、PTA代表挨拶ということなので、自分が叩き台を作成して、他の役員とも協議の上、練りに練った自信作?である。
卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。
在校生保護者を代表して、一言お祝いの言葉を述べさせていただきます。
卒業生の皆さん、今、皆さんは何を思っているでしょうか。
きっと、6年間を過ごした学校・先生方・友だちとの別れを惜しむ気持ち、それとも先生方・お父さん・お母さんへの感謝の気持ち、あるいはこれから始まる中学校生活への期待と不安、でしょうか。
私がはっきりわかるのは、今、皆さんはとても素直な気持ちになっているだろう、ということです。今の皆さんの素直な気持ちを決して忘れないでください。
素直な気持ちになっているところで、私から皆さんに一つお願いです。
皆さんには何か一つ、何でもいいです、目標、夢を持ってほしいと思います。自分の将来は努力して自分でつかむものだ、という気構えを皆さんには持ってほしいと思います。
今は手っ取り早く、手軽に何でも出来てしまう便利な時代です。特に努力しなくても何となく生きていける時代なのかもしれません。そして、世の中には、一見楽しそうなものがあふれています。しかし、皆さんは楽な方に流されることなく、夢を持って、それに向かってこつこつと地道に努力してほしいと思います。
若い皆さんには無限の可能性があります。その可能性を発揮して、立派な大人になってほしいと思います。若い皆さんの可能性だけは、どんなに肩書きの立派な人でも、どんな大金持ちでも、決して手に入れることはできません。若い皆さんだけに許されたことです。
しかし、道を誤って、その可能性をむだにしてしまう人がいることもまた事実です。これから一歩一歩大人に近づくに従って、皆さんはいろいろな誘惑にさらされることになるでしょう。そういう時、楽な方・手っ取り早く見える方・一見楽しそうな方に流されそうになることがあるかもしれません。皆さんは、どうかそこで踏みとどまる勇気をもってください。
迷った時・困った時はどうか一人で悩まないでお父さん・お母さん・先生方に相談してください。中学校の先生でなくてもいいです、**小学校に来て、担任だった先生に相談してもいいです。きっと皆さんと一緒に一番いい解決方法を考えてくれるはずです。
そして、皆さんは、いつかきっと、お父さん・お母さんの背中を踏みこえて、私たちが見たことも無い新しい世界を切り開いてください。そのためなら、皆さんのお父さん・お母さんは喜んで皆さんの踏み台になってくれると思います。
ご臨席の保護者の皆様、お子様のご卒業、おめでとうございます。在学中のPTA活動へのご協力、ありがとうございました。心からお礼申し上げます。私自身も在校生に子供を持つ身ですが、これからもともに、成長していく子供たちと親子の絆をしっかりと結んで歩いていっていただきたいと思います。
そして、本当にお世話になった先生方には 6年間にわたり、愛情あふれるご指導を頂き誠にありがとうございました。この先も子供たちの良きアドバイザー・相談相手として、変わらぬご指導を賜りますようお願い申し上げます。
最後になってしまいましたが、今日のよき日に、ご出席を頂きました、ご来賓の皆様、お忙しい中ご臨席を賜り、ありがとうございます。さて卒業生の皆さん、来賓席に座っておられる皆さんの方を見てください。何人おられるでしょうか。十人くらいでしょうか?今日出席された方々は皆さんが小学校に通った6年間を、陰で支えてくれた地域の皆さんを代表してこられた方々です。実際は何百人いるのか、何千人なのか、あるいはそれ以上なのか、私も正確には知りません。
ただ、はっきり言えることは皆さんの知らない所で、皆さんの毎日の生活を見守ってくれていた人たちがたくさんいたということです。通学路に立って見守ってくれた防犯サポーターの皆さん、避難場所を提供してくれた110番の家の皆さん、すぐ近所で皆さんの毎日の生活を見守ってくれた区長さん・民生委員さん、一緒に球根を植えたり木工教室を開いてくれた育成会の皆さん、毎日皆さんの安全のためにパトロールしてくれた警察や市役所の皆さん、交通安全のために努力してくれた交通指導員の皆さん、栄養バランスを考えて毎日給食を作って配送してくれた給食センターの皆さん、皆さんが勉強しやすい環境を整えるために努力してくれた教育委員会や市議会議員の皆さん…あげれば切りがありません。皆さんは6年間のうちにどれだけ多くの人に支えられ、お世話になってきたか、決して忘れないでください。こうした地域の方々への感謝も先生方やご両親に対する感謝と同じだけ持ってください。
そして皆さんがいつか一人前の大人になって家庭を持った時には、社会の一員として同じように、子どもたちを見守る側になってほしいと思います。
卒業生の皆さん、最後にもう一度言います。今感じている素直な気持ち、今日の感動を決して忘れないでください。壁にぶつかった時、自分に負けそうになったとき、楽な方に流されてしまいそうになったとき、今の気持ちを思い出してください。そうすれば、皆さんはきっと大丈夫です。
私は、皆さんが一人残らず立派な大人になってくれることを信じています。
以上、整いませんが、在校生の保護者を代表してお祝いの言葉とさせていただきます。
本日は、ご卒業、誠におめでとうございます。
平成19年3月22日
**小学校在校生保護者代表 ** **
原稿に書いた時は適量だと思ったのだが、ゆっくり読むと意外に長くて、読んでいる途中で(しまった)と思った。それに、原稿があると言葉に詰まることがなくて安心なのだが、下を向いたままでいるわけにもいかないので、時々卒業生の方を見ると、どこまで読んだのか一瞬見失ってしまって(笑)…
3年連続で出席しているが、卒業式はこちらも感動する。椅子に座ると足も届かなかった1年生が、6年後にはこんなに立派になって、大人への一歩を踏み出していく・・・いいものである。
それに、今の卒業式は自分が小学生の頃と違い、送辞・答辞(今はこんな古風な呼び方はしないようだが)も卒業生・在校生全員参加で、唱和したり、ソロの部分があったり、歌を交えて、さらに歌で答え・・・まるで映画のラストシーンのような、泣かせる演出をする。感動のあまりもらい泣きをしている来賓もいたほどである。
以下は自分の挨拶文である。個人としての挨拶でなく、PTA代表挨拶ということなので、自分が叩き台を作成して、他の役員とも協議の上、練りに練った自信作?である。
卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。
在校生保護者を代表して、一言お祝いの言葉を述べさせていただきます。
卒業生の皆さん、今、皆さんは何を思っているでしょうか。
きっと、6年間を過ごした学校・先生方・友だちとの別れを惜しむ気持ち、それとも先生方・お父さん・お母さんへの感謝の気持ち、あるいはこれから始まる中学校生活への期待と不安、でしょうか。
私がはっきりわかるのは、今、皆さんはとても素直な気持ちになっているだろう、ということです。今の皆さんの素直な気持ちを決して忘れないでください。
素直な気持ちになっているところで、私から皆さんに一つお願いです。
皆さんには何か一つ、何でもいいです、目標、夢を持ってほしいと思います。自分の将来は努力して自分でつかむものだ、という気構えを皆さんには持ってほしいと思います。
今は手っ取り早く、手軽に何でも出来てしまう便利な時代です。特に努力しなくても何となく生きていける時代なのかもしれません。そして、世の中には、一見楽しそうなものがあふれています。しかし、皆さんは楽な方に流されることなく、夢を持って、それに向かってこつこつと地道に努力してほしいと思います。
若い皆さんには無限の可能性があります。その可能性を発揮して、立派な大人になってほしいと思います。若い皆さんの可能性だけは、どんなに肩書きの立派な人でも、どんな大金持ちでも、決して手に入れることはできません。若い皆さんだけに許されたことです。
しかし、道を誤って、その可能性をむだにしてしまう人がいることもまた事実です。これから一歩一歩大人に近づくに従って、皆さんはいろいろな誘惑にさらされることになるでしょう。そういう時、楽な方・手っ取り早く見える方・一見楽しそうな方に流されそうになることがあるかもしれません。皆さんは、どうかそこで踏みとどまる勇気をもってください。
迷った時・困った時はどうか一人で悩まないでお父さん・お母さん・先生方に相談してください。中学校の先生でなくてもいいです、**小学校に来て、担任だった先生に相談してもいいです。きっと皆さんと一緒に一番いい解決方法を考えてくれるはずです。
そして、皆さんは、いつかきっと、お父さん・お母さんの背中を踏みこえて、私たちが見たことも無い新しい世界を切り開いてください。そのためなら、皆さんのお父さん・お母さんは喜んで皆さんの踏み台になってくれると思います。
ご臨席の保護者の皆様、お子様のご卒業、おめでとうございます。在学中のPTA活動へのご協力、ありがとうございました。心からお礼申し上げます。私自身も在校生に子供を持つ身ですが、これからもともに、成長していく子供たちと親子の絆をしっかりと結んで歩いていっていただきたいと思います。
そして、本当にお世話になった先生方には 6年間にわたり、愛情あふれるご指導を頂き誠にありがとうございました。この先も子供たちの良きアドバイザー・相談相手として、変わらぬご指導を賜りますようお願い申し上げます。
最後になってしまいましたが、今日のよき日に、ご出席を頂きました、ご来賓の皆様、お忙しい中ご臨席を賜り、ありがとうございます。さて卒業生の皆さん、来賓席に座っておられる皆さんの方を見てください。何人おられるでしょうか。十人くらいでしょうか?今日出席された方々は皆さんが小学校に通った6年間を、陰で支えてくれた地域の皆さんを代表してこられた方々です。実際は何百人いるのか、何千人なのか、あるいはそれ以上なのか、私も正確には知りません。
ただ、はっきり言えることは皆さんの知らない所で、皆さんの毎日の生活を見守ってくれていた人たちがたくさんいたということです。通学路に立って見守ってくれた防犯サポーターの皆さん、避難場所を提供してくれた110番の家の皆さん、すぐ近所で皆さんの毎日の生活を見守ってくれた区長さん・民生委員さん、一緒に球根を植えたり木工教室を開いてくれた育成会の皆さん、毎日皆さんの安全のためにパトロールしてくれた警察や市役所の皆さん、交通安全のために努力してくれた交通指導員の皆さん、栄養バランスを考えて毎日給食を作って配送してくれた給食センターの皆さん、皆さんが勉強しやすい環境を整えるために努力してくれた教育委員会や市議会議員の皆さん…あげれば切りがありません。皆さんは6年間のうちにどれだけ多くの人に支えられ、お世話になってきたか、決して忘れないでください。こうした地域の方々への感謝も先生方やご両親に対する感謝と同じだけ持ってください。
そして皆さんがいつか一人前の大人になって家庭を持った時には、社会の一員として同じように、子どもたちを見守る側になってほしいと思います。
卒業生の皆さん、最後にもう一度言います。今感じている素直な気持ち、今日の感動を決して忘れないでください。壁にぶつかった時、自分に負けそうになったとき、楽な方に流されてしまいそうになったとき、今の気持ちを思い出してください。そうすれば、皆さんはきっと大丈夫です。
私は、皆さんが一人残らず立派な大人になってくれることを信じています。
以上、整いませんが、在校生の保護者を代表してお祝いの言葉とさせていただきます。
本日は、ご卒業、誠におめでとうございます。
平成19年3月22日
**小学校在校生保護者代表 ** **
原稿に書いた時は適量だと思ったのだが、ゆっくり読むと意外に長くて、読んでいる途中で(しまった)と思った。それに、原稿があると言葉に詰まることがなくて安心なのだが、下を向いたままでいるわけにもいかないので、時々卒業生の方を見ると、どこまで読んだのか一瞬見失ってしまって(笑)…
声を失った友人
先日、小学校の同級生で飲む機会があったので、出かけてきた。もう50も目前の仲間だが、同級生が集まれば、あの頃と同じ、である。気を許して何でも話し合うことができるので、楽しいことこの上ない。
同級生で議員をしている幼馴染の友人がいるのだが、何と彼は咽頭癌の手術をして声を失ったとのことだ。機器を使って発声しているのだが、これにも相当の努力を要したらしい。どうしても機器による音声なので、低く、聞き取りにくい。何より、議員という立場で声が出ないのは大きなハンディである。選挙となれば他陣営から声が出ないことを攻撃されるのでは、と心配していた。
しかし、これを逆にセールスポイントにしてはどうか?同情票を集めては、などという陳腐な発想ではない。自分自身ハンディキャップを背負ったことを契機に本格的に福祉の勉強(議員であれば、これまでもやってきたとは思うが)を始めるのである。彼自身自ら闘病生活、そして声を失って、何らかのハンディキャップ故に社会的に弱い立場にある人たちと同じ苦しみを味わっているはずである。
以前、うちの街の議員の中には自ら障害のあるお子さんをお持ちの方が二人いたのだが、現在は引退や辞任で一人もいなくなってしまった。そこで、彼に本格的に障害者福祉に取り組んではどうか、とアドバイスした。一緒に勉強するというスタンスであれば、自分も知的障害者相談員という立場上、乏しい知識と経験ではあるが、協力する用意がある。
手話を覚えては?という話もしてみた。どこかの県の県議だったと思うが、議会での質問はいつも手話を交えて(手話だけでやるのではなく、普通に話しながら同時に手話をやる)いる光景をテレビで見たことがある。しかしこれは同時通訳を一人でやるようなものだから、マスターするためにはさらに相当の努力を必要とするだろう。あまり現実的ではないかもしれないが・・・片言でもできたら、きっとどんな美辞麗句よりも聞く人の胸に響くだろう。
彼との話の中で、
同情は差別である 共感が福祉である
ハード面の充実だけで福祉はできない ソフト面の充実こそが福祉である
と禅問答のような台詞を彼に投げかけたのだが、彼はわかってくれただろうか?
同級生で議員をしている幼馴染の友人がいるのだが、何と彼は咽頭癌の手術をして声を失ったとのことだ。機器を使って発声しているのだが、これにも相当の努力を要したらしい。どうしても機器による音声なので、低く、聞き取りにくい。何より、議員という立場で声が出ないのは大きなハンディである。選挙となれば他陣営から声が出ないことを攻撃されるのでは、と心配していた。
しかし、これを逆にセールスポイントにしてはどうか?同情票を集めては、などという陳腐な発想ではない。自分自身ハンディキャップを背負ったことを契機に本格的に福祉の勉強(議員であれば、これまでもやってきたとは思うが)を始めるのである。彼自身自ら闘病生活、そして声を失って、何らかのハンディキャップ故に社会的に弱い立場にある人たちと同じ苦しみを味わっているはずである。
以前、うちの街の議員の中には自ら障害のあるお子さんをお持ちの方が二人いたのだが、現在は引退や辞任で一人もいなくなってしまった。そこで、彼に本格的に障害者福祉に取り組んではどうか、とアドバイスした。一緒に勉強するというスタンスであれば、自分も知的障害者相談員という立場上、乏しい知識と経験ではあるが、協力する用意がある。
手話を覚えては?という話もしてみた。どこかの県の県議だったと思うが、議会での質問はいつも手話を交えて(手話だけでやるのではなく、普通に話しながら同時に手話をやる)いる光景をテレビで見たことがある。しかしこれは同時通訳を一人でやるようなものだから、マスターするためにはさらに相当の努力を必要とするだろう。あまり現実的ではないかもしれないが・・・片言でもできたら、きっとどんな美辞麗句よりも聞く人の胸に響くだろう。
彼との話の中で、
同情は差別である 共感が福祉である
ハード面の充実だけで福祉はできない ソフト面の充実こそが福祉である
と禅問答のような台詞を彼に投げかけたのだが、彼はわかってくれただろうか?
交通安全に関する請願
先月、県道の交差点において、小学校1年生が左折車に巻き込まれて交通事故に遭い、命を落とすという大変悲しい事故が発生してしまった。 この地区は、県道・市道の延伸に伴い交通量も増大している。問題の交差点は過去にも死亡事故が発生している、まさに魔の交差点である。また、この地区は市内で唯一児童生徒数が増加し続けているため、子どもたちが交通事故に巻き込まれる危険が高い地区と言える。
この前の市P連協議会で、この死亡事故に関連して、以下のような内容で市内の小中学校PTAから請願が出されたと聞いた。
1.歩行者が安全に横断することができる歩車分離式信号機への改良
2.県道***線各交差点(3カ所)における交通安全対策
(ア)「ドライバー」に対する啓発として,通学路であることや事故が多発している交差点であることを示す看板等の設置
(イ)横断歩道を渡る際の安全確保として,歩行者・自転車用信号機における青信号の時間延長の検討及び安全点検
私はずっと言い続けてきたことだが、不審者対策にばかり気をとられてはならない。一昨年以来、子どもが殺害される事件が続き、これに応じて通学路を交通の多い所に変更しようという意見もあったが、私は反対してきた。
子どもが命を落とす数は・・・見知らぬ不審者に殺される数・顔見知りの人間に殺される数・自分の親に虐待されて死亡する数・交通事故で死亡する数・・・これらの数のデータを踏まえて対策を考えるべきではないか?データからは優先順位は明らかではないか?衝撃的な事件が続くと、過剰反応してしまいがちだが、冷静に判断しなければならない。
そうした意味で、この小中学校PTAの迅速な行動は時宜を得たものであり、全面的に賛同したい。
うちのPTAも以前ある問題で請願を行ったことがあるが、問題の性格からPTA名での請願は躊躇し、PTAとは無関係の任意団体の請願という形式をとらざるを得なかった。今回の小中学校PTAには、PTA名での請願に踏み切った勇気にも敬意を表したいと思う。
この前の市P連協議会で、この死亡事故に関連して、以下のような内容で市内の小中学校PTAから請願が出されたと聞いた。
1.歩行者が安全に横断することができる歩車分離式信号機への改良
2.県道***線各交差点(3カ所)における交通安全対策
(ア)「ドライバー」に対する啓発として,通学路であることや事故が多発している交差点であることを示す看板等の設置
(イ)横断歩道を渡る際の安全確保として,歩行者・自転車用信号機における青信号の時間延長の検討及び安全点検
私はずっと言い続けてきたことだが、不審者対策にばかり気をとられてはならない。一昨年以来、子どもが殺害される事件が続き、これに応じて通学路を交通の多い所に変更しようという意見もあったが、私は反対してきた。
子どもが命を落とす数は・・・見知らぬ不審者に殺される数・顔見知りの人間に殺される数・自分の親に虐待されて死亡する数・交通事故で死亡する数・・・これらの数のデータを踏まえて対策を考えるべきではないか?データからは優先順位は明らかではないか?衝撃的な事件が続くと、過剰反応してしまいがちだが、冷静に判断しなければならない。
そうした意味で、この小中学校PTAの迅速な行動は時宜を得たものであり、全面的に賛同したい。
うちのPTAも以前ある問題で請願を行ったことがあるが、問題の性格からPTA名での請願は躊躇し、PTAとは無関係の任意団体の請願という形式をとらざるを得なかった。今回の小中学校PTAには、PTA名での請願に踏み切った勇気にも敬意を表したいと思う。












